映画パンフレット バンザイ!

ストレンジャー・ザン・パラダイス(Stranger Than Paradaise),1984

ストレンジャー・ザン・パラダイス表紙

パンフレットデータ

印刷 昭和61年4月18日   発行権者 株式会社フランス映画社
発行 昭和61年4月19日   印刷所 成旺印刷株式会社
発行所 東宝 出版・商品販促室   定価 350円
発行者 大橋雄吉   総頁数 24頁
判型 A4  

個人映画史の中で、リアルタイムでみた外国映画の、ごく初期に位置する作品。高校3年の春休み、つまり、結果的に2年間にわたる浪人生活に突入する直前にみたハズです。受験も卒業式も終わったけど、まだ何の結論も出ていない──そんな季節だった18歳。札幌はJABB70HALLでみました。

ジャームッシュ監督の35mm長編第1作。16mm長編第1作でニューヨーク大学大学院映画学科の卒業制作として作られた「パーマネント・バケーション」と2本立てでした。そして、奇しくも、女の子とみることになった2度目の映画鑑賞作品。高校生活のある時期、同じ高校の女の子と手紙を交換し合っていました。まぁ、「交換日記」の手紙版みたいなものですな。「フット・ルース」や「ストリート・オブ・ファイヤー」をみに行った子とは別人です。

入口、入場券を買うための列に並んでいたとき、声をかけられました。彼女は、照れたような、でも「何でこんなところでいっしょになるかなァ」という笑顔でそこにいました。彼女の、数少ない私服姿であったにもかかわらず、どんな格好だったか、じつはちっとも覚えていません。記憶力の悪さを恨みます。必然として隣同士に座ります。何を話したんでしょう。覚えていません。当時公開したばかりの映画をネタに「○○はみた?」なんてハナシをしたのかもしれません。

映画をみ終えて、駅前通りを北進し、途中から地下街に潜りました。手紙では、あれほど幾重にも言葉を送り合ったのに、生身の相手を前にして、必死で間をつないでいたように思います。沈黙の時間も相当あった気がします。ポールタウンがもう少しで終わり、目の前を出れば大通駅コンコースに出るころ、「オレ、あの、ちょっと用事あるから、ここで」と、彼女とわかれました。用事なんかありません。ムリに作ったのかもしれません。ただただ、彼女と別のルートを行きたかったのです。4丁目プラザ側へ行ったのか、パルコ側へ行ったのかさえ覚えていません。彼女はどんな表情をしていたのでしょう。少し困惑していたような印象もありますが、それは歳月が施した脚色のような気もするのです。

で、本作。全編モノクロ。ヴェンダースから譲り受けたという感度の強いフィルムで撮影したそうで、画面全体の粒子が粗く、ちょっとした光が射すと、強烈な白味が画面を襲います。結果論かも知れませんが、ちょっと風変わりな青春映画を焼き付けるのには、あれだけのフィルム感度は必要不可欠だったのでしょう。

19歳を目前にしたあのころ、私というフィルムは、彼女というまぶしい存在を鮮明に記録するには、感度が強すぎたのかもしれません……なぁんてね。きれいにまとめようとしたけど、強引すぎるかしら。

パンフ内に各界の著名人が本作へ向けて贈った言葉が掲載されています。私は、大島渚監督のコメントが好きです。

“ブラック・アンド・ホワイトの荒涼たる風景に血の色がにじみだす。一人の作家が一生に一度しか撮れない「青春映画」に特有の、あの限りなく優しく悲しい血の色が”

私も「血の色」を、たしかにみたような気がしました。映画で、「色」は画面に映すものではなく観客に「みた」と思わせるものなのですね。モノクロでも色彩豊かな作品はあるし、総天然色でも色の印象が残らない凡作もあるのです。

(2004年1月)
   

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